TPPと日本の農業

 いま農業者は今後をどう考えているのかな?

◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆
http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/


         TPPと日本の農業


■■■■第333号■平成23年11月14日発行■■■◆




 ぼくが商社に入ったころ、会社のビルが面する四つ辻に靴磨きのおじいちゃんとおばあちゃんがいましてね。

 車の煤塵の多い四つ辻に日がな坐っての商売。

 役所としては路上の靴磨きは止めさせたいのだけど、戦後のいつぞやに四つ辻で営業する権利を得た老夫婦に「商売をやめろ」とは言わない。
 ただ、新規参入を禁止する。

 いつしか路上の靴磨きは消えた。老夫婦の引退とともに。

 東京駅前に屋台を出して新聞・雑誌を売ってたおばちゃんも、似たようなものだった。

 これまた役所としては歩道上の屋台を止めさせたい。
 かといって、大昔に営業の権利を得たおばちゃんの権利を奪うところには踏み込まない。

 新規参入を禁じて、おばちゃんの引退を待った。
 おばちゃんは、ある日おしまれつつ引退した。


■ 平均年齢70歳の産業って、あり? ■


 日本で農業に従事する人たちの平均年齢を知っていますか。
 65歳だそうです。

 会社勤めなら第2、第3のキャリアを終えてホントの定年を迎える歳。
 年金をもらいはじめようかという歳が、勤労の平均年齢だというのですから、産業として成り立っていることが不思議なくらいです。

 役所は、どう考えているのでしょう。
 四つ辻の靴磨きの老夫婦や、新聞売りの屋台のおばちゃんと同列に考えているとしか思えない。

 腫れ物を扱うように既得権には触らず、かといって若い人にそのまま後継させることはせず、既得権者が老齢で引退すると、あっさり新しい風景が展開するのを待つ、というような。

 TPP交渉入りして、10年かけて農産物の関税を撤廃したころには、農業に従事する人たちの平均年齢は確実に70歳を超えているだろう。

 そしてある時あっさりと老齢者が一斉引退して、あっさりと大規模機械化農業が日本の農業の主流になるのではないかと、わたしは考えているのですね。

 ならば、低めの地代と引き換えの農地の集約化、農作業の大規模化、会社経営化を促進する政策立案を急いでほしい。


■ 大規模農場と里山の並存という未来像 ■


 日本の農地のなかには、平地でもないのに相当ムリをして米をつくってきたところもある。
愛媛県の山間部の水田などを思い出しているわけですが。)
 
 そういう機械化に向かない農地は里山に戻す、すなわち雑木林に戻すのが、長期的に望ましい姿だと思うわけです。

 雑木林の維持を、農業予算ではなく環境保護や治水の予算で公共事業として行う必要はあると思っています。

 大規模機械化農業推進の一方で、環境保護の観点からの公費による雇用創出もしてゆく。

 大規模農業は、自然がはぐくむ豊かな多様性を踏みにじらざるをえない。
 それを補う里山の創出・維持を公費で行うことで、美しいふるさとを創り育てていきたい。


■ 消費者価格を考える ■


 TPP入りして仮にすべての農産物の関税が撤廃されたとしても、実際に消費者価格がどれだけ下がるものか、わたしは疑問に思っているのです

 だって、もともと消費者が支払う農産物価格のうち農家の手取り分はせいぜい2割か3割ていどです。

 昨年11月25日の国会・農林水産委員会の議事録を見ると、筒井信隆副大臣がこんな答辯をしています:
http://www.kami-tomoko.jp/sitsumon/176/101125_1.html

≪消費者が支払っている食品についての価格を100とすれば、今までは20とかせいぜい30しか 農家の、一次産業者の手取りに入っていなかったわけでございます。≫

 100円支払ううちの20〜30円の部分が、関税撤廃でどのくらい安くなるかなと、まぁそういう議論をしているわけですね。

 残りの70〜80円の部分は輸送費だったり、流通マージンだったり、売れ残り処分のリスク部分だったりするわけで、これは関税を撤廃しても変わらないわけです。

 よしんば日本の農家の取り分価格が、輸入品の通関後の価格の2倍だとしましょうか。
 それでも、消費者価格を100円とすれば、日本品と輸入品の価格差は、せいぜい10〜15円ということなわけです。

 消費者にとって10〜15%の高値は、安心・新鮮・味のよさといった付加価値があれば許容範囲ではないだろうか。


■ 輸入農作物への平均関税率は21% ■


 ちなみに日本が輸入農作物に対して課している関税率の平均は21%だ:
http://syunoulog.jp/2010/11/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%BE%B2%E6%A5%AD%E3%81%AF%E9%96%A2%E7%A8%8E%E3%81%AB%E5%AE%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%EF%BC%9F-%E8%BE%B2%E7%94%A3%E7%89%A9%E3%81%AE%E5%B9%B3%E5%9D%87/

 消費者物価における農家の取り分が30%とすると、関税撤廃に伴う農産物の消費者物価下落は 30% × 21% = 6.3%

 消費者物価における農家の取り分が20%とすると、関税撤廃に伴う農産物の消費者物価下落は 20% × 21% = 4.2%

 均していえば、そのていどのことなのである。

 米の関税率は778%とある。
 バターは360%で、小麦は252%の関税率

 関税撤廃となれば、こういう産品は大規模機械化を図るか、特殊な品種で付加価値を狙うか何れかしか生きる道はないだろう。

 しかし、全体をならして21%の関税率ということであれば、これがゼロになったとしても消費者価格への影響は4〜6%なのである。
(流通マージン等が消費者価格の70〜80%を占めるから。)

 その程度であれば、日本産品というブランド力で克服できないだろうか。
 日本の農業“崩壊”という物言いは、多分におふざけが過ぎる。

 このように数値を並べてみれば、将来に向けた建設的な議論ができるはずだ。

 目下平均年齢65歳の産業をそのままにしていたら、TPP
がなくても崩壊するのは当然だ。

 崩壊したとき「TPPのせいだ」と ほざく代議士だけは、許したくない。


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▲ 後記 ▼
 

 ローワン・ジェイコブセン著、中里京子 訳の『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋、平成21年刊)を読んで、大規模機械化農業が本質的に抱える危うさを痛感しました。

 かといって、それを避けて通ることは現代社会において不可能なわけで、政策的には・商業ベースの大規模機械化農業・環境保護の観点からの里山を別会計でもって並存させるということでいくしかない。

 それが今回のメッセージです。

『ハチはなぜ大量死したのか』は、読み出すと推理小説のように引き込まれます。
 ハチの世界の描写もドラマ性に富んでいて、お奨めの本です。