海賊版サイト対策検討会は会議を無期延期とした

半数がブロッキングに反対

 この日、激論は3時間半にわたって続いた。前半戦のクライマックスは、全委員の半分を占める9人が提出した意見書の扱いだった。

 9委員は意見書で、とりまとめの結論部分を以下のように修正することを求めていた。

 「ブロッキングの法制化は現状では違憲の疑いがある」「ブロッキングの法制化については一旦見送った上で、民間の協力においてブロッキングを除く対策を総合的に推進するべきであると考える」

 共同で意見書を提出したのは、宍戸常寿・東大教授や丸橋透・明大教授、森亮二弁護士のほか、電気通信事業者やインターネット関係の団体代表や消費者団体代表などだ。中には、水面下で出版社と通信事業者の協力の枠組みづくりを進めていた委員もいる。ブロッキング法制化を棚上げにしても、それ以外の協力によって海賊版サイト被害を収束させるという強い意思を示すためだ。

ほかに有効策はない?

 実は、この直前には、ブロッキング反対派を後押しするような新事実も相次いで判明していた。一つが、米国の司法制度を活用することで、米国のCDN(コンテンツ配信ネットワーク)事業者、クラウドレア社から、同社のサービスを使っていた「漫画村」運営者の情報を開示させた事例。もう一つは、日本の裁判所が、クラウドレア社のサービスを使うサイトについて肖像権などの人格権侵害を認め、差し止めと発信者情報開示の仮処分命令を決定したことだ。

 いずれの手法も海賊版サイト被害を止めるための突破口となる可能性があり、「ブロッキング以外に有効な対策がない」としてきた推進派の主張に大きな疑問を投げかけるものだった。

漫画村」運営者、特定に成功

 米国の司法制度を活用し、漫画村運営者の特定に成功した山口貴士弁護士によれば、その手法は簡便でスピーディー、しかも、これまで想像されていたよりはるかに低コストで済むという。

 まず、「漫画村」に作品を勝手に掲載されていた漫画家を原告として、米国の連邦地方裁判所で、漫画村運営者を氏名不詳のまま被告とし、著作権侵害による損害賠償請求訴訟を提起。そして、裁判所から被告を特定するためのディスカバリー(証拠開示手続き)を行う許可を求め、漫画村にサービスを提供していたクラウドレア社に対し、漫画村に対する課金関係の資料を提出させたのである。

 「6月12日に提訴し、クラウドレア社から運営者の情報が届くまで17日間しかかからなかった。費用も、「億」より0が二つほど少ない金額」。入手した情報をもとに国内で運営者の居場所を調査して突き止め、現在、刑事告訴や損害賠償請求の準備を進めているという。

 こうした法的な措置が成功したという事実は、ブロッキング立法が違憲となる疑いをより深めることにつながる。ブロッキング憲法の保障する通信の秘密を侵すため、それを可能とする法律は、表のような違憲審査基準をクリアしなければ違憲となる疑いがある。
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 このうち、(1)の立法事実とは、どうしてその法律が必要なのか、法律を作るための根拠となる事実のことだ。そもそも、検討会設置の目的は、「昨今、運営管理者の特定が困難であり、侵害コンテンツの削除要請すらできないマンガを中心とする巨大海賊版サイトが出現」(検討会資料より)したため、その対策を検討することだった。だが、工夫次第で運営者の特定も、侵害コンテンツの削除要請も実現可能であるとすれば、「そもそも立法事実はない」(山口弁護士)というのだ。(4)の「他の実効的な手段が存在しない」という条件も満たされないとみるべきだろう。

それでも推し進めたい?事務局

 しかし、15日に事務局が検討会に出してきた中間とりまとめ案では、この二つの事実については、脚注に小さく付記されただけだった。一方で、「CDN事業者に対する執行の可能性」という約4ページにわたる項目の本文には、執行の難しさ、実効性の不透明さを指摘する文言が数多く並んでいる。

 「アンフェアだ」。とりまとめ案を知った山口弁護士は「事務局は何としてもブロッキング法制化を進めたくて、ブロッキングの正当性を疑わしくする方策があることを認めたくないのだろう」と批判した。

 もはや、海賊版サイトの被害を減らすために、なんとか様々な対策を模索しようという検討会の当初の趣旨は忘れられ、ブロッキング法制化を実現するために、なんとか別の対策の有効性を否定することが目的になってしまったかのようだ。

 こうして、9人の意見書は採用されることはなく、「賛成と反対の両論を併記すれば公平だろう」という賛成派の意見で押し切られた形となった。

議論取りまとめ」巡る攻防

 最後の攻防は、その賛否両論の報告書を、検討会としてとりまとめるかどうかだった。

 一見、賛否両論であれば公平な扱いにも感じられるが、そこが争点になるのは理由がある。

 「賛否両論であっても、何らかのとりまとめを検討会として出せば、議論を経たことをを理由に、検討会の外で法制化を進めることが可能」――。それが賛成派も反対派も、双方が抱く見立てだった。だからこそ、反対派は必死にとりまとめを拒み、賛成派は両論併記でのとりまとめを強く主張するという対立の構図となったわけだ。

 この日はとりわけ、何とかしてとりまとめを出したい座長と、反対派の森委員との激しい議論が目を引いた。

 まず、共同座長の1人、村井純・慶応大教授が、ブロッキング法制化については「まとまらなかった」と明記した報告書を出すことなどを提案。もう1人の共同座長、中村伊知哉・同大教授も、「まとまらなかったという報告を出すのは大変重要な政治的メッセージではないか」と反対派に合意を促した。だが、反対派の委員は、検討会として何らかの報告を出すこと自体に抵抗する。

なし崩しの法制化への危惧

 森委員「検討会としては、何もとりまとめず、報告せず、検討会は無期限延期にしてください。その間にブロッキング以外の手段が講じられ、その効果を検証することができます。その結果、(他に実効的な手段が存在しないなどの事実が判明すれば)違憲の疑いがなくなる可能性もあるんです」

 村井座長「座長として、何も報告をしないのは無責任だと思っている」

 森委員「議事録でいいじゃないですか。全部、政府のホームページに公表されている。事務局の修正は、反対派の意見をきちんと反映してくれない。そのようなものが出ることに不安がある」

 村井座長「事務局が強引に法制化を進めるというのは邪推。報告をしたくないというなら、あなたはなぜここに来たんですか。会議を開催するのに、どれだけコストがかかっていると思うんです?」

 森委員「我々の使命は、報告書をまとめることじゃなく、国民のためにいいと思うことを考えて、行動することのはず。いい報告書だと思えば出すし、悪いと思えば出さない。村井先生こそ、なぜ、まとめを出さなきゃいけないと思うのですか」

 激論の末、押し切ったのは森委員だった。村井座長は議事録のみを公表し、検討会としては「とりまとめ」も「審議状況の報告」も一切の報告はしないとして、検討会を無期延期とした。ただ、検討会議の終了後、中村座長は、「座長の立場から何らかの文書を残す可能性もある」と話した。

「政策形成の歪が表出した」

 9回におよぶ議論を、検討会の外から第三者としてみてきた曽我部真裕・京都大教授(憲法)は、「政策形成のあり方について、歪みが表出した」と振り返る。

 事務局が最初に結論を決め、自分たちの思惑通りに発言する委員を選び、政策に「お墨付き」を得ようとするやり方は「審議会行政」などと呼ばれてきた。曽我部教授は「今回も、事務局は最初からブロッキング法制化というゴールを設定して進めようとしたが、委員の半分に反対派を入れたこと、検討会が注目を集めたこともあって紛糾が表面化した」と指摘する。

 海賊版サイト対策としてブロッキングが急浮上したのは今年2月16日、知的財産戦略本部の検証・評価・企画委員会の第3回コンテンツ分野会合での議論だったとされる。同会合は基本的に公開されているが、第3回は非公開で行われ、いまだ議事録が公開されていない。メンバーは出版社や権利者団体の代表、著作権法を専門とする学者などが中心で、消費者代表や憲法学者電気通信事業者も含まれていなかった。

 しかし、4月に政府が緊急対策としてブロッキングを打ち出し、大きな注目を集めるようになると、電気通信分野の専門家以外では、あまり知られていなかった様々な問題点が、次第に明らかになっていく。ネットワーク技術者や、違法有害情報の削除や発信者情報開示の手続きに精通した弁護士など、様々な分野の専門家が議論に加わり、問題解決のための知恵も集まっていったが、それでもなお、事務局はブロッキング固執した。そこに問題をこじれさせた原因がなかっただろうか。

 議論の終盤では、一部の出版社や、権利者に近い弁護士からも「ブロッキング以外の有効策をまず実施してほしい」「現状では憲法違反の疑いがあるのは事実なのだから、まず別の対策を実施して、効果を検証した後にまた検討してはどうか」といった声も出ていた。ある出版社の幹部は、「本当に私たちやクリエーターのために、ブロッキングをしようとしているのだろうか」と不満を漏らしていた。

 なぜ事務局はこれほど固執したのか。「通常なら、こんなに批判のあるものを、事務局が無理やり進めるとは思えない。背景に政治的な事情があるのではないかと想像してしまうが、一方で、政治の動きは見えず、確認もできない。不透明な政策形成に怖さを感じる」と曽我部教授は危惧する。

ネット時代の諸課題、取り組む好機に

 ブロッキング法制化を巡って対立が続く中、今回の問題で浮き彫りになりながら、十分に議論を深められなかったテーマも少なくない。曽我部教授が例に挙げるのが、インターネットによって急増したグローバルな紛争に対する司法制度の課題だ。

 今回の問題を巡っては、海外のホスティングサーバーやCDNサービスを利用する海賊版サイトに対して著作権者が権利行使しにくい点が繰り返し指摘されてきた。日本国内に事業所がない海外事業者に対しても、日本向けサービスを提供している場合、国内での裁判が認められる傾向にあるが、例えば、裁判の資料を送る「送達」には数か月かかるのが一般的だ。仮処分であれば発令前の送達は不要で、比較的早く決定が出るが、処分が発令されてから決定文が相手に届くまでに、やはり数か月かかるという。最新のコンテンツを無断掲載され、1日でも早く状況を打開したい権利者にとっては、使い勝手の悪い制度だろう。

 だが、曽我部教授は「こうした問題は海賊版サイトに限らず、名誉毀損やプライバシー侵害などでも長年、指摘されながら、なかなか議論が深まらなかった分野でもある」と指摘する。

 検討会の空中分解で、今後の先行きは見通せない状況だが、各分野の専門家が一同に会して議論し、論点が洗い出された面もある。ネット時代の諸課題に分野横断的に取り組む好機とできないものだろうか。


ソ-ス:空中分解…海賊版サイト対策検討会はなぜ迷走したか : 深読みチャンネル : 読売新聞(YOMIURI ONLINE) 1/4



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