PTP(Precision Time Protocol)

 「あなたのパソコンの時刻は合っていますか」。こう聞かれると、「NTP(Network Time Protocol)を使っているから大丈夫」と答える人が多いだろう。筆者もそう思っていた。だが、取材すると、時刻合わせの世界は想像以上に奥が深いことに驚いた。筆者が知らなかった話題を、いくつか紹介しよう。


そもそも正しい時刻って?


 時刻を合わせる場合、その相手は当然正しい時間にしたいと思うだろう。だが、そもそも“正しい”時刻というのは存在しない。


 NTPで配布しているのは、協定世界時UTC)と呼ばれるもの。日本では情報通信研究機構NICT)が決めた「UTCNICT)」というものを使っている。実はこのUTC、各国ごとに独自の原子時計を持って決めている。このため、世界共通の時間というのは存在しないのだ。細かく比べると、国ごとに数~数十ナノ秒程度の誤差がある。


 世界で共通に使う本当のUTCは、実はフランスにある国際度量衡局(BIPM)が決めている。だが、この本当のUTCは、世界各国に何百個とある原子時計それぞれで計測した結果を集めたうえで、安定した時計は高く、安定していない時計は低くといったように加重平均して決めている。こうした処理が必要なため、最終的な結果が出るまでに数週間の時間がかかる。つまり、後から「あのときの本当のUTCはこれ」ということが分かるだけで、その時点で本当のUTCは分からないのだ。


 それぞれの国は、BIPMが決めたUTCと自分が決めたUTCを比較して、誤差が小さくなるように調整する。ちなみに、日本のUTCは「ほぼ±20ナノ秒の範囲でBIPMが決めているUTCと同期している」という。つまり、NICTがNTPを介して日本で配布しているUTCがそもそも10ナノ秒前後ずれている可能性が高いのだ。


マイクロ秒単位で時刻を合わせる技術も

 とはいえ、ナノ秒単位の誤差は、NTPで時刻合わせする場合において大した問題ではない。インターネットを経由してTCP/IPを使いパケットをやり取りするため、NTPでの時刻合わせにはどうしてもミリ秒単位の誤差が生じてしまうからだ。ミリ秒が当たり前の世界で、6ケタも小さなナノ秒の誤差はほぼ無視していい存在だ。


 企業の情報システムではほとんど問題とならないNTPの誤差だが、最近になってより高精度を求めるニーズが増えている。


 例えば、携帯電話の基地局がそうだ。最近のLTEや今後登場する5Gの通信ではTD-LTEという方式が広く使われる見込みだ。このTD-LTEの特徴は、これまでのFDD-LTEのように上りと下りで利用する周波数帯を分けるのではなく、同じ周波数帯で時間を区切って上りと下りに併用することだ。このため、隣接する基地局とタイミングをそろえて上りと下りを切り替えないと、電波の干渉などが発生して通信がうまくいかない可能性がある。ITU-Tは、UTCとの時刻誤差を1.5マイクロ秒以下と規定している。


 こうした高精度の同期を実現するため、従来はGPS衛星などからの電波を活用して時刻同期することが多かった。だが、5Gでは屋内やマンホール型など、より狭いエリアをスポット的にカバーする基地局を増やす予定だ。こうした基地局すべてで衛星からの電波を受信させるのは現実的ではなく、通信回線を使って時刻を同期したいというニーズがあるのだ。


 こうした高精度の時刻同期を、NTPに代わって実現するプロトコルとして注目されているのが「PTP(Precision Time Protocol)」だ。PTPの最大の特徴は、物理層のハードウエアレベルで時刻合わせの機能を実装すること。基本的にソフトウエアで実現するNTPは、TCP/IPのプロトコルスタックでの処理を含め遅延が発生しやすい。


 これに対してPTP対応機器はタイムスタンプユニットという部品を搭載し、時刻情報を送受信する際にハードウエアでパケットにタイムスタンプを記録する。処理による遅延を最小限に抑え、さらに利用をLANなど遅延の少ないネットワーク環境に限定することでマイクロ秒以下の誤差という高精度を実現している。


 テレビ放送ではデジタル化に伴い、時報や放送開始時の時計表示がなくなった。その一方で、番組制作において、より正確な時刻合わせが必要になっている。このため、高精度な時刻合わせのニーズは、素材をネット経由で送ることが増えてきた放送局でも必須となりつつある。これから高速ネットが普及するにつれ、精度の高い時刻合わせのニーズはさらに高まるだろう。



ソ-ス:あなたの知らない時刻の世界 | 日経 xTECH(クロステック)