©表示の意味

ベルヌ条約発効までの経緯

 著作権保護の歴史は、15世紀中頃にドイツのグーテンベルグ活版印刷術を発明したことに始まる。この画期的な発明は、出版物の大量複製を可能にし、ルネサンスやルターの宗教改革にもひと役買うことになるのだが、それは同時に大量の模倣品をも生み出す結果となった。ここに模倣品を取り締まる法律、すなわち最初の著作権法が1710年にイギリスで成立する。俗に「クイーン・アン法」と呼ばれるものである。その後、フランスでもクイーン・アン法にならって、1793年に不完全ながらも著作権法が成立する。こうしてヨーロッパ諸国では、18世紀から19世紀にかけて著作権法の整備が徐々に進められてきた。

 しかしながら、19世紀半ばを過ぎても著作権法が整備されていない国が数多くあった。当時、最も模倣品の被害を受けていたのは、イギリスとフランスの作家だった。そこで「レ・ミゼラブル」で有名なヴィクトル・ユーゴーが中心となって、国を越えた著作権保護の必要性が訴えられるようになった。そしてスイス大統領の呼びかけの下、1886年、世界各国から政府代表者がスイスのベルヌ(ベルン)に集まり、ここに世界的な著作権保護条約である“文学的および美術的著作物保護に関するベルヌ条約”、いわゆるベルヌ条約が成立したのである。この条約は、翌1887年にフランス、イギリス、ドイツ、イタリア、スイス、スペイン、ベルギー、ハイチ、チェニスの9カ国が批准し、発効した。

 この世界初の著作権保護条約の特徴は、大きく分けて3つある。それは① 内国民待遇、②遡及効(そきゅうこう)、③無方式主義である。以下、これらの特徴を見ていこう。


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ベルヌ条約の特徴:内国民待遇、遡及効、無方式主義

 まず内国民待遇だが、これはベルヌ条約加盟国の著作物であれば自国の著作物と同じように保護するというものである。つまり、外国の著作物を差別してはいけないということだ。したがって、自国の著作物だけに頒布権を与えたり、外国のコンピュータ・プログラムを保護対象から外すという法律を制定することはできない。ただし、著作権の保護期間については相互主義が許されており、同盟国は著作物の本国において定められる保護期間を超えて保護しなくてもよいとされている。たとえば、イギリスの保護期間は著作者の死後70年であるが、イギリスでは日本を本国とする著作物については、著作者の死後50年まで保護すればよい。

 なお、相互主義を採用するかは、加盟国の判断に委ねられている。ほとんどの国は著作権保護期間について相互主義を採用しているが、アメリカは相互主義を採っていない。したがって、アメリカでは日本の著作物もアメリカの著作物と同じように、著作者の死後70年まで保護される。保護期間の延長を支持する者に「アメリカでは、日本の著作物は著作者の死後50年までしか保護されない」と主張している人が見受けられるが、間違いである。

 次に遡及効だが、これはベルヌ条約に加盟する前に創作された作品でも、条約加盟国間で保護し合うというものである。日本は1899年にベルヌ条約に加盟したが、1899年以前の日本の作品でもベルヌ条約加盟国は保護しなければならない。たとえば、福沢諭吉の「学問ノスゝメ」(1872年発行)なども外国では保護されていた(もちろん今では死後50年を経ているので、保護されていない)。

 最後に無方式主義だが、これは著作物を創作した時点で著作者に著作権が発生するということである。すなわち、著作権を取得するためには、登録、納入、著作権表示等の方式や手続を必要としないことを意味する。

 以上の3つをベルヌ条約は基本原則としている。しかし、ベルヌ条約はその保護水準が大変高く、加盟するためには自国の著作権法をその水準にまで高めなければならなかったので、加盟国は一部の先進国に限られていた。それでは、なぜ日本がこのような水準の高い条約に1899年という早い時期に加盟できたのだろうか。これは、同年に公布された著作権法ベルヌ条約に加盟するために作られたものであったからである。

 1858年の日米修好通商条約の締結以来、欧米諸国との不平等条約に苦しんでいた日本は、不平等条約の改正を再三再四訴えていた。ところが、欧米諸国が不平等条約改正の交換条件の1つとして提案してきたのがベルヌ条約への加盟だった(このほかにも、欧米諸国はパリ条約の加盟、民法の制定などを要求した)。当時、著作権法もなかった日本にとって、これはかなり酷な要求であったが、時の内務省参事官、水野錬太郎博士の努力により、ベルヌ条約に加盟できる水準に達した著作権法が作られたのである。

万国著作権条約の特徴:内国民待遇、不遡及、©表示

 ベルヌ条約には先進国が次々に参加したが、肝心要の国が参加していなかった。それはアメリカである。その理由は、ベルヌ条約の基本原則である無方式主義にあった。アメリカや一部の中南米諸国は方式主義を採用していたため、登録、納入、著作権表示等をしなければ、保護を受けることができなかった。これらの方式主義の国同士は、パン・アメリカン条約という国際著作権保護条約を結び、互いに著作権を保護し合っていた。そこでベルヌ条約とパン・アメリカン条約をつなぐものとして制定されたのが、万国著作権条約である。1952年にジュネーブで会議が開かれ、正式に条約が作成された。日本も4年後の1956年に加盟している。この条約の特徴としては、①内国民待遇、②不遡及、③©表示の3つが挙げられる。

 内国民待遇についてはすでに説明した。不遡及とは、万国著作権条約に加盟する前にすでに存在していた著作物は、保護しなくてもよいということである。たとえば、Aという国が2011年4月1日に万国著作権条約に加盟したとしよう。その場合、日本は2011年4月1日より前に発行されたA国の著作物は今までどおり保護しなくてもよい。加盟日以降に発行された著作物だけを保護すればよいのである。©表示は、英語でthe letter C enclosed within a circleというが、単純にC in a circleともいわれる。これはベルヌ条約加盟国のように無方式主義を採っている国の著作物でも、©表示をすれば方式主義の国において、自動的に保護が受けられるというものである(同条約3条1項)。

 ただし、©表示には次のような注意が必要だ。下図のように、必ず©と記載し、COPYRIGHTとしないこと。次に©と著作権者の氏名、最初の発行年を記載すること。これらを©表示の3要件という。よく氏名だけ記載されている著作物を見かけるが、あれでは保護されない。最後に公表するすべての著作物について©表示をすること。以上の条件を満たし、適切な©表示をすれば、無方式主義国の著作物でも方式主義国において、その国の著作物と同じように保護されることとなる。したがって、日本の著作物であっても©表示をすれば、方式主義の国においても保護されるのである。

 この対アメリカ用ともいえる万国著作権条約だが、アメリカが1989年にベルヌ条約に加盟したので、©表示をしなくても日本の著作物はアメリカで保護されることとなった。さらに方式主義を採用していたグアテマラドミニカ共和国ニカラグアといった中南米の国も無方式主義に変更し、次々にベルヌ条約に加盟した。これまで©表示が有効に機能するのは、万国著作権条約のみに加盟し、方式主義を採っているラオスだけであったが、そのラオスも2012年にベルヌ条約に加盟したので、©表示をしなければ著作権の保護を受けることができない国はなくなった。ちなみに、カンボジアは未だにベルヌ条約に加盟していないが、2004年にWTO協定に加盟し、TRIPS協定9条1項によってベルヌ条約1条から21条まで及び附属書の規定を遵守しなければならなくなったので、方式主義から無方式主義へと転換した。
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 しかし、1989年にアメリカがベルヌ条約に加盟したことによって、©表示がアメリカにおいてまったく意味を持たなくなったと考えるのは早計である。アメリカ著作権法には、「善意の侵害者(innocent infringers)」という言葉が出てくる。これは著作権表示に関する条文に登場するのだが、簡単にいえば、著作物に著作権表示がなされていないことから、その著作物がパブリック・ドメインだと信じ、善意でその著作権を侵害した者をいう。

 この善意の侵害をした場合、もしも著作物に©表示がなければ、侵害者が善意(通常の用語の意味である“善良な心”“好意”ではなく、法律用語の意味である“一定の事実を知らないで行うこと”を意味する)でやったことであり、無過失であることを立証できれば、善意の著作権侵害ということになる。この場合、侵害者は著作権が登録されているという著作権者から通知を受けるまでは、その侵害行為に対して損害賠償の責任を負うことはない。ただし、侵害行為によって侵害者が得た利益は、著作権者に返すように要求される場合がある。

 では、著作物に©表示があった場合はどうなるのか。この場合、侵害者は「パブリック・ドメインであると思った「」権利が生きているとは知らなかった」などと言い逃れはできない。なにしろ、第一発行年と著作権者名が明確に表示されているのである。したがって、アメリカ著作権法は原則として侵害者に善意の侵害を認めないこととしている。以上のことから、アメリカがベルヌ条約に加盟した後でも©表示は必要であることは、一目瞭然であろう。かなり高度な知識であるが、覚えておいて損はない。

ベルヌ条約万国著作権条約の両方に加盟している場合の優先権

 さて、ベルヌ条約万国著作権条約の両方に加盟している国は、どちらの条約を適用するのか。この場合はベルヌ条約が優先して適用される。これは、万国著作権条約第17条に明記されている。したがって、万国著作権条約を適用しなければならないのは、ベルヌ条約に入っておらず万国著作権条約のみに加盟している国、すなわちカンボジアだけである(ただしカンボジアWTO協定に加盟していることに注意)。

 なお、当然ながら日本と条約関係にない国の著作物を保護する義務はない。日本と条約関係にない国というのは、ベルヌ条約万国著作権条約WTO 協定のいずれにも加盟していない国である。相手も自国の著作物を勝手に使用しているので、こちらが保護する義理は何もないのである。ちなみに 2017年9月末現在のベルヌ条約加盟国数は174、万国著作権条約加盟国数は100、WTO協定加盟国数は164である。

 最後に、よくCDのジャケットに©表示がⓅ表示と共に付いているが、あれは楽曲の著作権表示ではなく、ジャケットそのものの著作権表示である。したがって、レコード会社が著作権者となっているので注意が必要だ。レコードの©表示を表記あるいは参照する際には、以上のことに注意されたい。

 以上、ベルヌ条約万国著作権条約の歴史的な経緯と両条約の内容、その重要性について解説した。音楽産業の国際化が進む中、©表示とⓅ表示の知識は不可欠である。音楽ビジネスマンたちも真の国際人を目指して、精進してもらいたい。
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