「鮮明な冬」

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高村光太郎の「鮮明な冬」
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        平井 修一

以前、靖国神社遊就館で鑑賞したドキュメンタリー「凛として愛」がユーチューブでも見られるのは結構なことである。

この映像の中で高村光太郎が昭和16(1941)年12月8日の真珠湾攻撃の報に接して創った詩が朗読され、とても感銘を受けたのだが、最近ようやくその詩の全文に接することができた。

「鮮明な冬」

黒船以来の総決算の時が来た 民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら 彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し 彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり 一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である 山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬である

(昭和16年12月10日作、昭和17年1月の『改造』に発表)

もうひとつ、この詩もある。

「十二月八日」

記憶せよ 十二月八日 この日世界の歴史あらたまる

アングロサクソンの主権 この日東亜の陸と海に否定さる

否定するものは彼等のジャパン 眇たる東海の国にして

また神の国たる日本なり そを治しめたまふ明津御神*なり
 
世界の富を壟断するもの 強豪英米一族の力 われらの国に於て否定さる

われらの否定は義による 東亜を東亜にかえせというのみ

彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり われらまさにその爪牙を摧(くだ)かんとす

われら自らの力を養いてひとたび起つ 老弱男女みな兵なり

大敵非にさとるに至るまでわれらは戦う

世界の歴史を両断する 十二月八日を記憶せよ

*明津御神=天皇陛下

人は保身するから、高村光太郎の戦前と戦後の変化を非難するものではない。ただ、勝ち負けは兵家の常だから、大敗したからといって戦う気概まで捨ててはいけないとは言っておきたい。

外交は血を流さない戦争、戦争は血を流す外交で、国益のために抑止力を高めるのが国家の責務である。この基本を分かっている政治家、言論人が少ないのは嘆かわしいことである。来年は真珠湾攻撃、大東亜戦争開戦から70周年になる。