単式簿記頭の者

 経済への影響を無視し、増税や歳出カットすれば財政が良くなるという考えが当り前になっている。これは誰にも簡単に理解されやすいことが一つの要因になっている。財政が赤字になると「増税すれば良いではないか」「歳出をカットすれば良いのだ」といった声が直に出てくる。

 このようなことを言う人々は、財政のマクロ経済への影響といった複雑なことは考えたくないのである。たしかに個人の家計や企業の経理ではそうなっている。単純に収入を増やしたり(国の場合は増税)、消費や経費を減らせば(国の場合は歳出カット)家計や企業の財政は良くなる。しかし国の財政はマクロ経済に影響を与えるのであるから、個人の家計や企業の経理といったミクロ経済の話とは違う。ところがこのミクロとマクロの話がゴッチャになっているのが今日の増税論議である。

 会計の世界では、単式簿記と複式簿記というものがある。取引を現金の増減だけで捉えるのが単式簿記であり、現金出納帳みたいなものを思い浮かべれば良い。一方、複式簿記は一つの取引を両面(借方と貸方)で捉える。

 日本での増税論議は、まるで単式簿記の世界である。たしかに単式簿記ならマクロ経済への影響を考える必要はなく、文学や法律だけを専攻していた人々でも理解ができる。しかし現実の経済はもっと複雑であり複式簿記で動いているのである。財政が動けば、それに応じて所得、金利、さらに為替も動く。

 橋本政権で緊縮財政と消費税増税による財政再建を主導した梶山静六官房長官は、テレビに出演して「日本の財政がこんなに悪いのにどうして金利が低いのか解らない」と発言していた。この発言は当コラムで前にも取上げたが、筆者は思わず「この大ばか者」とつぶやいたものである。梶山静六氏のような単式簿記頭の者はマクロ経済を理解できるはずがない。金利が低いのは金が余っているからであり、必要な政策は増税ではなく財政政策であった。

経済コラムマガジン12/5/21(709号)