「女性宮家」創設問題

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 1 「男系の絶えない制度」をまず考えよ
   ──「女性宮家」創設の先に「男系皇統の終わり」
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 さて、今日もひきつづき、「女性宮家」創設問題について、書きます。

 保守派の言論人のなかには、羽毛田信吾長官や古川貞二郎元内閣官房副長官(皇室典範有識者会議のメンバー)などを首謀者として名指しし、批判する人もいますが、私は少なからず疑問を感じています。

 いわゆる女性宮家創設問題の議論の発端は、昨年11月25日の読売新聞のスクープですが、これは不思議な記事でした。一種の誤報ではないか、と私は考えています。

 というのも、記事のリードは「宮内庁が、皇族女子による『女性宮家』創設の検討を『火急の案件』として野田首相に要請したことが分かった」と書かれ、記事本文には「羽毛田信吾宮内庁長官が先月5日に首相官邸で野田首相に直接、女性宮家創設により皇族方の減少を食い止めることが喫緊の課題と伝えた」とありますが、事実関係が正確とは思えないからです。

 当代随一の皇室ジャーナリスト・岩井克己朝日新聞記者による「週刊朝日」昨年12月30日号の記事によると、「遠い将来、悠仁さまが天皇に即位した時に女性皇族が次々に結婚して皇室を離脱して宮家が消滅している恐れがあるという懸念」を、「長官は、歴代首相に所管事項説明をする度にこの危機感を訴えてきた」のであり、「女性宮家創設を提案したと報じられた」ことについて、「長官は強く否定している」からです。

 つまり、おそらく羽毛田長官は野田首相に「女性宮家」創設の検討を要請してはいないのです。長官の執念は、むしろ「安定的な皇位継承制度の実現」に対して、なのでしょう。

 もっとも読売の記者は、そこはよく理解しているのかも知れません。記事は「女性宮家」創設の検討を、「長官が要請した」とは書いていません。

 それなら誰が「女性宮家」を言い出したのか、といえば、渡邉允前侍従長(現御用掛)であることが、少なくとも資料的にはいえる、と当メルマガはすでに指摘しました。


▽1 急に言い出した渡邉前侍従長

 昨年暮れに出版された渡邉前侍従長の著書『天皇家の執事』文庫版の後書きには、はっきりとこう書かれています。

「現在、それ(皇位継承をめぐる問題)とは別の次元の問題として、急いで検討しなければならない課題があります。

 それは、現行の皇室典範で、『皇族女子は、天皇及び皇族以外の者と婚姻したときは、皇族の身分を離れる』(第12条)と規定されている問題です。

 紀宮さまが黒田慶樹さんと結婚なさった時、皇族の身分を離れて黒田清子さまとなられたように、現在の皇室典範では、内親王さま、女王さま方が結婚なさると、皇室を離れられることになっています。もし、現行の皇室典範をそのままにして、やがて、すべての女性皇族が結婚なさるとなると、皇室には悠仁さまお一人しか残らないということになってしまいます。

 皇室は国民との関係で成り立つものです。天皇皇后両陛下を中心に、何人かの皇族の方が、両陛下をお助けする形で手分けして国民との接点を持たれ、国民のために働いてもらう必要があります。そうでなければ、皇室が国民とは遠く離れた存在となってしまうことが恐れられます。

 そこで、たとえば、内親王さまが結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られることが可能になるように、皇室典範の手直しをする必要があると思います。それに付随して、いろいろな問題がありますが、まず仕組みを変えなければ、将来どうにもならない状況になってしまいます。秋篠宮家のご長女の眞子さまが今年(平成23年)10月に成年になられたことを考えると、これは一日も早く解決すべき課題ではないでしょうか」

内親王さまが結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られることが可能になる」ようにすることは、平成17年11月の皇室典範有識者会議の報告書にも盛り込まれており、岩井記者によれば、渡邉前侍従長は数年前から公言してきたことでもあるようです。

 けれども、前者は「将来にわたって安定的な皇位の継承を可能にするための制度を早急に構築すること」が目的であり、後者は「それとは別の次元の問題」と言い切っています。しかも「女性宮家」とは表現されてはいませんでした。

 しかし昨年10月になって、理由は分かりませんが、渡邉前侍従長は急に、そして明確に「女性宮家」と言い出したのでした。


▽2 皇室の歴史からはずれた「女性宮家」

 渡邉前侍従長のいう「女性宮家」とはいかなる内容のものなのか、文庫本の後書き程度ではよく分かりません。

 けれども、ちょうど後書きが書かれていたころ、羽毛田長官から野田首相に要請があったとされる新聞記事が発端となり、「女性宮家」創設案は独り歩きしています。

 宮内庁書陵部が編纂した『皇室制度史料 皇族4』(昭和61年)によれば、「宮家」の制度は鎌倉時代以降に生まれます。

 古来、特定個人に対して「○○宮」と呼ぶことは行われていましたが、「鎌倉時代以降、殿邸・所領の伝領とともに、家号としての宮号が生まれ、やがて代々、親王宣下を蒙って宮家を世襲する、いわゆる世襲親王家が成立した」のだそうです。

 そして、「室町時代に成立を見た伏見宮をはじめ、戦国時代末から江戸時代に創設された桂宮有栖川宮閑院宮の4宮家は四親王家と称さ」れ、この「四親王家はいずれも皇統の備えとしての役割を担い」ました。実際、伏見宮家から後花園天皇が、高松宮家(有栖川宮)から後西天皇が、閑院宮家から光格天皇が即位された例があります。光格天皇は、今上陛下の直接の祖先であることはいうまでもありません。

 渡邉前侍従長は「たとえば、内親王様が結婚されても、新しい宮家を立てて皇室に残られることが可能になるように、皇室典範の手直しをする必要があると思います」と述べていますが、天皇による親王宣下もなく、「皇統の供え」とは別の次元で、「女性宮家」を創設することは過去の歴史からまったくはずれています。


▽3 瓜二つ、園部元最高裁判事の論理

 渡邉前侍従長は何度も繰り返し、「女性宮家」創設が皇位継承問題では「別の次元」であることを強調しています。

「繰り返しになりますが、この問題は皇位継承の問題とは切り離して考えるべきで、皇室典範皇位継承に関する規定は現状のままにしておけばよいのです。仮に、将来、結婚された後も皇室に残られた女性皇族の方にお子さまがお生まれになった場合に、その方に皇位継承資格があるかどうかは、将来の世代が、その時の状況に応じて決めるべき問題です。我々には、その世代の手を縛る資格はないと思います」

 けれども、前侍従長の「棚上げ論」はむしろ、男系女系論争を封じた上で女性天皇・女系継承容認化を進める高等戦術のように、私には見えます。であればこそ、羽毛田長官も趣旨が違うのに、まっ向から反対を唱えることはしていません。

 それどころか、前侍従長の「女性宮家」創設提案は、内容が明確にされないまま、急速に実現されそうな勢いです。

 報道によれば、政府は今月6日付で園部逸夫・元最高裁判事を担当の内閣官房参与に起用し、2月から有識者の意見聴取を始め、皇室典範改正案の素案作りを進める方針と伝えられていますが、その園部氏といえば、皇室典範有識者会議の座長代理であり、「女性宮家の創設を唱えている」といわれます。

 園部氏は雑誌「選択」今年1月号の巻頭インタビューで次のように語っています。

「『女性宮家創設』の問題を議論すると、すぐに女性天皇女系天皇の是非について議論が飛び火してしまうが、今はそれほど神経質になる必要はない。悠仁親王殿下がお生まれになって状況は変わった。問題は、このままでは確実に皇族が減っていく、ということだ。男系男子で皇統を継いでいければ伝統にかなうことになるが、それが現実的に可能かどうかを多角的に考える必要がある。議論の最初から女性天皇女系天皇の議論と結びつけてすべて否定してしまえば、皇族の現象により皇室そのものが消滅しかねない」

「皇室は天皇陛下を中心にご一家が一体となって国や国民のために多くの活動をなさっている。そうしたご活動を通じて皇室と国民とのつながりが維持され日本がまとまっている。この大切な皇室の存続をまず考えるべきだ」

「いわゆる男系女系論争はもはや神学論争の域に達しており、どちらかで国論を統一することなど現時点では不可能に近い。皇室の存続こそが第一とするならば、今は女性天皇女系天皇の是非論は横に置いて、まずは新たな宮家を創設し、皇族を増やすことが先決ではないか。それこそが皇統を維持する上での大前提だ。男系女系論争は、将来の状況変化に対応し、その時点で考えられる現実的な制度をとれるようにするために、結論を未来の知恵に託すというのも選択肢ではないだろうか」

「今は現に皇室にいらっしゃる方々のことを真剣に考え、皇室存続のため優先すべき制度改正にまず取り組むべきだ。そしてさらに、将来、女性天皇女系天皇を戴くのか、あるいは旧皇族に復帰願うのか、現実的かつ具体的に議論すべきだ。神学論争に決着がつく前に皇室の存続を危うくなってはならない」

 皇族が減っていく、皇室のご活動の確保が必要だ、男系女系論争は棚上げにする──どこかで聞いた論理ではありませんか? そうです、前侍従長と同じ論理です。


▽4 本末転倒であるばかりではない

 それなら「女性宮家」創設の先にあるものは何なのか?

 園部逸夫元最高裁判事は、先に引用した岩井克己記者による「週刊朝日」の記事のなかでずばり、こう語っています。

「夫、子が民間にとどまるというわけにはいかないから、歴史上はじめて皇統に属さない男子が皇族になる。問題はどういう男性が入ってくるか。また、その子が天皇になるとしたら、男系皇統は終わる。女性宮家は将来の女系天皇につながる可能性があるのは明らか」

 当メルマガが一貫して指摘してきた宮中祭祀簡略化問題の不当は、歴代天皇がもっとも重視してきた祭祀より、法的に明文化されているわけでもない御公務なるものを優先させ、御公務を削減せずに祭祀への陛下のお出ましを激減させたところに、問題の核心がありました。

 それと同様に、国家の機関としての皇室のご活動を確保したいがために、悠久なる皇室の歴史と伝統のみならず、男系男子によって継承されてきた皇統を断絶させかねない策謀は、本末転倒であるばかりでなく、狂気の沙汰といわねばなりません。

 それなら代案はあるのでしょうか?

 戦後唯一の神道思想家・葦津珍彦はかつてこう語りました。

「女統継承論を掲げ、伝統的な日本人の君臣の意識を動揺させるよりも、まず男統の絶えない制度を優先的に慎重に考えるべきではないか」(『大日本帝国憲法制定史』)

 女系の拡大ではなく、男系の拡大を模索することを、なぜ為政者たちはしようとしないのか、まったく不思議です。


「斎藤吉久の天皇学研究所」メールマガジン」より