靖國神社への思い

小野田さんは靖国神社について次のように語っておられる。

靖国英霊にたいして心ならずも戦死された(本当は戦争に行きたくなかったのに戦争で死んでしまった)、という人がいます。しかしこれほど英霊を侮辱した言葉はありません。
 読者の皆さんの中には特攻隊のかたがたの遺書をごらんになったかたがいらっしゃるでしょうか。特攻隊の遺書には、「こころならずも(本当はいきたくなかったのに)」なんて書いてありません。私も当時、特攻隊のかたがたとほとんど同年齢でありました。私がもし当時戦死していて、「心ならずも死んだ」といわれたら侮辱されていると思って怒ります。
 当時の私たちは、死ということに拘泥しない、深く考えない、死んだら神様だと、そういう考え方をしていました。なぜかといいますと、戦争には若い者が先頭に立たなければ国の将来がないということをはっきりと考えていたからです。お国のために命をかけて働いているので、兵隊は普通の人の半額で映画館に入ることができました。それで「映画半額、命も半額、死んだら神様だ」などと笑いながら話していました。これが当時の私たちの戦死にたいする考え方だったのです。
 当時は徴兵令で、満二十歳になると身体に異常のない男子はみんな兵役につかなければなりませんでした。だから「心ならずも」というのかもしれませんが、それは当時の私たちの気持ちを表した言葉ではありません。すきで兵隊になったわけではなくとも、多くの人間は国のために死ぬ覚悟をもっていました。戦争に負けた後、戦後の教育で洗脳され、本当の日本人の気持ちを理解できなくなった人が、そうゆうことをいうのだと思います。

明成社ルバング島 戦後30年の戦いと靖国神社への思い』より

小野田寛夫さんと靖国神社 - 気楽にいけるか!